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美術はアトリエ劇研の川上明子さんです【切女(せつな)】
 予告してない記事から書いちゃいます(苦笑)
先週土日、京都からアトリエ劇研スタッフルームの舞台美術家、川上明子さんが広島に来てくださいました。

稽古場にて。

超遠映(笑)ですが川上さん。

現場から直接広島入り、という超過密スケジュールの中、来ていただきました。

川上さんとの出会いは、たぶん3年前くらい。
京都に魚灯の「静物たちの遊泳」を観に行ったときでした。
そのときから、
「いつか一緒に仕事がしたい」
と、願い続けた美術さんです。
わたしは願った事は、実現するまで食い下がるタイプです。
しぶといです。

制作の神様はちゃんとそんなわたしの声を聞き逃さず、川上さん、ここ数年なにかと広島にご縁つなぎしてくださいました。(財団公演とかかえるくんとか)
ちゃんとお話できたのは、「かえるくん東京を救う」の広島公演のときでしたが、やっぱりやっぱり予想にたがわずとっても素敵な方でした!!
わたしの恋慕は募る一方。

で。
今回、黄金山アタックの芸術劇場シリーズ参加の、舞台美術を依頼させていただいたわけです。
まだここには書ききれないこと、たくさんお話しました。

夜は座組の顔合わせもかねて「地鶏かけはし」へ。
照明の小早川さんにも来てもらい、美術、照明の顔合わせも達成。
うむ。

血が騒ぐ、
2日間でした。




がんばろうね。


邪悪な内緒話。
毛利さんがかわいいのついでにアップしました(笑)

Posted by 「まど。」管理人 at 13:27 | 黄金山アタック | comments(4) | trackbacks(0)

藤井友紀/中国新聞にコラムを連載4
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
第7回

演劇生活24時
その効果なくして私の舞台はありえない。
それぐらいお世話になっている効果がある。
それは照明。
さまざまな色で明るく照らしたり、また闇をつくったり、時には舞台に新しい空間をつくり出したりもする。
明かりは芝居の「心」のようなもので、明かりの変化が芝居なのである。
私の劇団で芝居をする時は必ず頼む照明家がいる。
この方は広島市内で照明のお仕事を、といっても、舞台ばかりではなく
ブライダルやイベントの照明もされている。
けれど舞台芸術にとても理解のある方で、照明のプランから何からその人に安心して任せている。
その照明家と初めて芝居をつくった時はやりとりがとても難しかった。
特に私が舞台の明かりをイメージする時に「薄暗い洞窟のような感じ」
としか思い浮かばなかったとしても、拙い私の説明から、
「このシーンの場所はどこなのか」とか、「このシーンの色のイメージは」
「時間経過は」と細かく聞き出し、どういうイメージを持っているかを感じ取り、照明プランを組んでくださる。
また稽古場にもよく来られて、俳優の動き、立ち位置を確認して、どこに照明をあてるかを考えてくれる。
照明家も舞台に立つ俳優のようにお芝居をしている。
お客さんが芝居のシーンをより感じ取りやすくするため、
舞台を彩る明かりは見えない俳優のように呼吸をしている。
明かりは芝居の世界をより深く構築してくれる
(劇団「黄金山アタック」代表)

最終回

演劇生活24時
開演前の劇場に入っただけで心が持っていかれてしまうものがある。
俳優よりも早く舞台に立ち、今から始まる芝居の雰囲気を漂わせながら
静かにじっと佇んでいる舞台美術だ。
しかし、俳優がいないので欠落感が当然ある。
芝居が始まって、俳優が立つと息吹を得る。そんな舞台美術に心引かれる。
印象に残っている舞台美術は演劇を始めて間もないころ、東京で見た松尾スズキさん作・演出の「ふくすけ」。
それは一見、アパートの横断面、舞台の天井まで届く3階建ての建物だった。
部屋が五つほどある。いくつかの物語が最後に収束していく作りになっていた。
最初の方はシーンの切り替わりとともに部屋も変わっていたが、クライマックスではすべての部屋、
つまり舞台全体を使う展開に。
物語が変化するにつれて舞台も表情を変え、とても秀逸だった。
私は芝居を作る時にに最近は舞台美術家にデザインしていただくようになった。
私では思いもよらない、生き物みたいな動きのある美術に仕上がる。
舞台は人と人とのつながりで成り立っている。
それが明かりだったり、音楽だったり、俳優の表現だったり。
それぞれの芸術が重なり合ってできる非日常な世界を、お客さんに目の前で見せるということのドキドキ感と、
お客さんから共感を得られた時の快感はたまらない。
それがおもしろくて、できる限り長く続け
て、いろんな地域で公演していきたい。
(劇団「黄金山アタック」代表)

Posted by 「まど。」管理人 at 03:53 | 黄金山アタック | comments(0) | trackbacks(0)

藤井友紀/中国新聞にコラムを連載3
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 

第5回

演劇生活24時
私は稽古中、よく忘れるものがある。それは休憩。
私とて休憩は好きだ。何なら、ずっと休憩していたいくらいだけど、
稽古をしていると休憩をとることを忘れてしまう。
最近は気をつけるようにしているが、昔、稽古で休憩をとらなかったために大変なことになったことがある。
ある芝居にダンスのシーンを入れていた。
このダンス、男女がペアになり、社交ダンスのように踊るのだが、
私のイメージは1970年代のアメリカのダンスパーティ。
社交ダンスの中でも最も動きの激しいジルバをやってもらった。
大事なところはダンスの始まり。
そこは全員が揃っていないとかっこ悪い。
音楽に合わせ、みんなの呼吸を合わせ、感覚をつかんでもらうために繰り返し稽古していた。
必死になりすぎて、演出の私も、ダンスを踊っている俳優も、われを忘れ、休憩をも忘れていた。
3時間くらい続けていたと思う。
ダンスの終わり、俳優の中でも華奢な女の子が突如、倒れた。
私の目には、彼女の崩れる姿が、海に沈没してゆく帆船のようにスローモーションで見えた。
なんて文学的なこと言っている場合ではない。
真っ青な顔をしている女の子に水分を取らせて寝かせ、すぐさま休憩した。
気づくと稽古場の窓が、みんなの熱気で白く曇っていた。
彼女は休憩後もしばらくは稽古を見学し、顔色が良くなり落ち着いてから復帰した。
休憩忘れるべからず。
(劇団「黄金山アタック」代表)

第6回

演劇生活24時
芝居の内容を思いつくとき、そのシーンとともにメロディーが頭の中に流れてくることがある。
その聞こえてきた曲を舞台で必ず使っている。
その曲はクラシックだったり、昔の映画音楽だったり、洋楽だったり。
大抵、台本を書きながら決まる。だから音楽のかかるタイミングも自然に決まってくる。
最近はやらないが、以前、自分の舞台で音響操作もやっていたことがあった。
演出なので舞台に目を凝らしていなければいけない。
にもかかわらず、ある舞台で、私は音響操作に加え、プロジェクターの操作までやったことがあった。
これは失敗だった。
その時は、とりあえず音楽は流しっぱなしにして、その間、プロジェクターでアニメーションを映す。
そのアニメーションは手動で動かすもので、ボタンをポチポチと押しながら。
アニメーションを流し終えるとすぐ音響操作。
フェーダーという音量を調節するようなつまみの上げ下げをする。
少しでも油断すると間違える!と感じ頭の中でイメージトレーニングをする。
フェーダーを上げて、曲を進めて、再生ボタンを押し、今度は音量を下げて・・・。
舞台に目をやってはいるがちゃんと見ることができていなかったと思う。
操作自体は失敗しなかったけれど、そういうむちゃはできるだけ避けたほうがいい。
何でも一人でやろうとするものではない、ということを学んだ。
(劇団「黄金山アタック」代表)

Posted by 「まど。」管理人 at 03:33 | 黄金山アタック | comments(0) | trackbacks(1)

藤井友紀/中国新聞にコラムを連載2
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 

第3回

演劇生活24時
ある舞台で小道具としてシャボン玉を使っていた。
男性俳優(仮にケンジとする)が酔いしれて、いい気分になってシャボン玉を吹いて飛ばしているというシーン。
ところがケンジが演技に酔いしれ過ぎ、シャボン玉の液を全部こぼしてしまったのだ。
シャボン玉液はその後、物語が一変する重要な役割を担っていたのに。
それは、酔った女の子(仮にヒトミ)がシャボン玉を吹いているところへ現れた別の男性(タロー)に、
ヒトミがシャボン玉液を引っかけ、彼が怒るという展開。
しかし、シャボン玉液をこぼしたケンジは何のフォローもできぬまま舞台袖へ引っ込んだ。
酔った演技をしながらヒトミが舞台に現れ、空っぽの容器を手に取り
「シャボン玉、ないじゃん」と台本にないせりふを言った。
タローはすぐ舞台に出た。ヒトミがシャボン玉を吹くシーンができないと察知したのだ。
ヒトミとタローがいくつかせりふを交わし、いよいよシャボン玉を引っかける場面。
どうするのだろう、怒らせるだけならビンタなどがあるが、無邪気に怒らせてほしいからそれはやってほしくないな。
不安が私の頭を駆けめぐった。
ヒトミはなんと、シャボン玉の容器を彼の頭上に掲げ「ロケット落下じゃー」と、
彼女オリジナルのせりふを発すると、容器を手から滑らせた。
タローを見事、無邪気に怒らせたのだ。
私はびっくりして目頭が熱くなった。
普段おとなしいヒトミ。アドリブなどできないと思っていたのに、その思い切りの良さに感動したのだ。
(劇団「黄金山アタック」代表)



第4回

演劇生活24時
 「こぼれたビー玉を拾ってくれた伯父さんはもういない」。
私たちが数年前に公演した芝居「シレンシオ」のせりふだ。
子どものころから慕っていた伯父が病気で動けず口もきけない状態になり、寂しくなったおいがつぶやく。
伯父役の団員が気に入ってくれた。書いたせりふの評判がいいとやはりうれしい。
 私はよく台本を書いている。そのとき重要なのは俳優。
私はほぼ登場人物を俳優に「あて書き」している。
この人がこんな感じで演じたら面白いだろう、と想像を膨らませて。
初めて台本を書いたのは22歳。働き始めて間もないころだった。
たまたま知った広島市の「市民文芸作品募集」にシナリオ部門があり、応募してみた。
それがラッキーなことに入賞したのだ。
初めて書いたものが認められて自信になったのだと思う。
私の台本は、特に最近のものは一読しただけでは理解し難く、演じる俳優も大変なようで、
劇団員と話し合うことが多い。
時々、俳優から「自分の役がむかつく」などと言われる。
そういう役柄に書いているから仕方ないのだが、演じる人には味方であってほしいから、落ち込むこともある。
その台本が、年々スムーズに書けなくなってきた。
なぜかというと昔は本当に何にも考えず勢いだけで書いていたのだけど、
このごろは、考えて書いているから筆も遅くなるし眠くなるのだ。
台本を碧くのは楽しいが、終わりが全く見えない自分との闘いでもある。
(劇団「黄金山アタック」代表)



Posted by 「まど。」管理人 at 02:51 | 黄金山アタック | comments(0) | trackbacks(0)

藤井友紀/中国新聞にコラムを連載1
JUGEMテーマ:演劇・舞台
 
中国新聞のコラム「緑地帯」に藤井友紀がコラムを連載しました(全8回)
このコラムはネット上では読めませんので、データをこちらに掲載します。

(パソコンのデータによってタテのデータの記事は大きく見えないようなので、テキスト化したものを一緒に掲載します)

第1回

演劇生活24時
「コガネヤマアタック」。
私たちの劇団はよく他県の人からそう呼はれるが、正しくは「おうごんざんアタック」だ。
広島市に住まわれている方であれば、正しく読んでくださると思う。
よく聞かれるのが名前の由来。
恥ずかしいことにインパクトに重きを置いての命名だった。
広島市で演劇をやっていく集団の名前にふさわしく、地元の強そうな山にしょうと、
「黄金山」を選んだ。「アタック」は響きに勢いがあるだろうと考えて付けた。
ところが、よくバレーボール部に間違えられる。
かっこよくないけれど一度聞いたら忘れられないこの名前がとても気に入っている。
広島市内に演劇の団体は数多く、活動ペースはまちまちだが、40はある。
私たちは劇団として3年目を迎えるところ。
4人いる団員は自ら劇団に入りたい、と言ってきた20〜30歳代の会社員である。
考え方の違う人たちが仕事でもないのに、よく一緒にやってこれたものだとつくづく思う。
私たちの劇団の特色というものも、団員たちに浸透しているのではないか。
ある時、新入り団員の言動にそう感じた。
私たちの芝居は、結構肌の露出が多い。
舞台上で衣装を脱いだり着たりする。
必ず肌の露出をするわけではないが、話の内容によっては表現の一つとして必要だと思っている。
その団員は、友達から「よくあんなに脱げるね」と言われたが、
演技の中でやっていることなので、何とも思わないと答えていた。
少しずつ劇団の色に染まっていると感じた。
(ふじい・ゆき劇団「黄金山アタック」代表


第2回

演劇生活2時
私が演劇に興味を持ったの、は、20歳のとき、松尾スズキさん作・演出の舞台「マシーン日記」を見てからだ。
今、思えばその舞台には私の好きな要素が100%含まれていた。
悲劇的なのに笑える、人が心の中に持っている暗い部分を出していて、それがとても共感でき、衝撃的だった。
それから目分もこんな芝居をつくってみたい一と思うようになり、演劇の世界に足を踏み入れた。
第一歩は広島市内であったプロデュース公演への参加だった。
希望と不安がない交ぜになった心持ちで、思い切って参加申込書を送った。
ところが数週間経ても何の音さたもない。
その公演のために関係者が顔を合わせる日の5日前になって、このままでは演劇をやることができない、と思い、
電話をすると「担当者がいないので、かけ直させます」。
思い切ってかけたものだから肩すかし一つ。
それから担当の方から連絡があった。
私の申込書は届いていたとのこと。
じゃあなんでだ?
私と同じ名字の人が参加を辞退し、担当が間違えて私の申込書を退けてしまったと聞いて、肩すかし二つ。
結局、小道興係として参加できることになった。
もしも問い合わせていなかったら、私に演劇の始まりはなかったのかもしれない…
なんて思いはしなかった。学んだことは物事が順調にいくことはまれで、
自分から動かないと、小さなミスでつぶされてしまう、ということだ。
(劇団「黄金山アタック」代表)



Posted by 「まど。」管理人 at 01:24 | 黄金山アタック | comments(0) | trackbacks(0)

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